動作解析による通学カバンの背負いやすさの評価
最終報告書
平成15年5月
長野県情報技術試験場 デザイン部
長瀬 浩明 北野 哲彦
はじめに
中学校で指定されている通学カバンは,昭和50年代にそれまでの肩掛け式から現在主流となっている背負い式(リュック型)へと変遷を遂げた.以来,ほとんどそのスタイルは変わることなく今日に至っている.しかしながら,現行の背負い式のカバンは身体にフィットし難い構造となっており,歩行中のカバン自体の揺れが大きく安定性が低いことに加えて,カバンが接する腰の辺りに荷重が集中して痛みを伴うばかりか摩擦による衣服の傷みが著しい.また,肩の部分にも荷重が集中することから,重い荷物をカバンに詰めた場合に肩紐が肩に食い込んで苦痛を伴う.
そこで,松本市のカバンメーカである株式会社オカダヤはこれらの問題点に着目し,より身体にフィットし、より背負いやすい次世代の通学カバンの開発に着手した.本研究は同社の依頼により,開発中の当該製品の最終的な試作品を客観的な手法により評価する目的で,平成14年度に当試験場が信州大学繊維学部の西松豊典教授と西松研究室の皆様の協力により実施した受託研究である.
目 次
1. 目 的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
2. 方 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
3. 結 果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
4. 考 察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
5. まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
1.目 的
株式会社オカダヤが試作した通学カバン(開発品2種類)の背負いやすさを,同社製の従来品との比較により,カバン背負い時の歩行姿勢などを指標として客観的に評価する.
2.方 法
2.1 画像解析による歩行姿勢の計測
本実験に用いた通学カバンのサンプル(試料1〜3,ともに教材相当の5kgの錘を内包)を図1に示す.
被験者にトレッドミル[日本光電工業叶サLEOPARD JOX-810]上でそれぞれの試料を背負って歩行してもらい,その歩行動作を矢状面よりVTRに記録した.1人の被験者につき,1日に1回の試行(1試料)のみとした.そのVTR画像をノンリニアビデオ編集システム[Media 100 社製iFINISH,COMPAQ社製Professional Workstation SP-750]を用いてキャプチャリングした.続いて,キャプチャリングした画像をBMPフォーマットの連番ファイルとして出力し,二次元画像解析ソフト[潟宴Cブラリー製Move-TR32/2D]を用いて,カバン使用時の身体とカバンの動作特性を解析した.
なお,計測方法の概要を図2に示す.また,計測条件は次のとおり.
1) 被験者:大学生男性8名(22歳から24歳,平均22.9歳)
2) 標点:頭頂点,頸部,肩峰点,股関節,膝関節,足関節,カバン側面上部,同下部
3) 歩行速度:トレッドミルにより一定(3km/h)
4) 計測時間:20分間
5) サンプリングレート:15フレーム/秒
5)
a.試料1:従来品
b.試料2:開発品(肩紐幅45mm)
c.試料3:開発品(肩紐幅60mm)
図1 実験に用いた通学カバンのサンプル
2.2 コンピュータシミュレーションによる腰部負担の解析
前節の歩行実験により得られた歩行中の姿勢データをもとに,腰部の負担の程度を試料ごとに比較するために,機構解析システム[MSC社製ADAMS 11.0]を用いてコンピュータシミュレーションを試みた.
本解析では身体を剛体リンクモデルと見なし,図3に示すリンクモデルを作成した.
また,身長と各身体部位の寸法は本研究の被験者と同年代の20歳から24歳の平均値1)を用いたが,体重だけはより中学生に近い値であった前節2.1の被験者の平均値を用いた.
本リンクモデルの条件を次にまとめて記す.
1) 身長:170.5cm
2) 体重:57.5kg(被験者の平均)
3) 身体部位寸法:表1のとおり
4) 身体部分慣性係数2):表1のとおり
5) 身体部位重心位置2):表1のとおり
6) カバンの傾き:前節2.1の計測値による
7) カバンの重量:5kgで一定
なお,参考までに今回の被験者の身長と体重の平均値,および20〜24歳代と中学生のその平均値1)をまとめて表2に示す.
表1 リンクモデルの構成要素
|
身体寸法(cm) |
重心位置
係数 |
重心位置(cm) |
身体部分
係数 |
身体部分
質量(kg) |
頭部 |
23.70 |
0.63 |
14.93 |
0.044 |
2.530 |
頚部 |
8.10 |
0.50 |
4.05 |
0.033 |
1.898 |
体幹部 |
52.03 |
0.52 |
27.06 |
0.479 |
27.5425 |
大腿部 |
43.72 |
0.42 |
18.36 |
0.200 |
11.500 |
下腿部 |
36.18 |
0.41 |
14.83 |
0.107 |
6.1525 |
足部 |
6.77 |
0.50 |
3.39 |
0.038 |
2.185 |
表2 被験者と年代ごとの身長と体重の平均値
|
身長(cm) |
体重(kg) |
被験者 |
170.25 |
57.5 |
20〜24歳 |
170.50 |
64.9 |
13歳 |
155.20 |
46.2 |
14歳 |
161.00 |
51.4 |
15歳 |
165.60 |
56.8 |
図3 解析に用いた剛体リンクモデル(事例:試料1)
3.結 果
図4に示す事例のとおり,キャプチャリングした20分間の歩行動作の動画像データを画像処理して,身体およびカバンに貼付した標点マーカの座標や軌跡を解析した.
歩行中の姿勢と特徴を試料ごとに比較するために,20分間の歩行実験から次にあげる3項目の平均値を求めた.各解析項目の定義を図5に示す.
1) 体幹の傾き:肩峰点と大転子点を結んだ直線が鉛直軸(Y軸)と成す角度
2) カバンの傾き:カバン側面上部点と下部点を結んだ直線が鉛直軸と成す角度
3) 肩−カバン間距離:肩峰点とカバン側面上部点の間の距離
また,使用時間の経過に伴う疲労と歩行姿勢との関係を調べるために,図6に示すとおり,上記解析項目の1)と2)について計測開始後5分間と計測終了前5分間のそれぞれの平均値を求め比較した.
a.試料1
b.試料3
図4 解析画面事例
図5 解析項目の定義
図6 計測時間の定義
3.1 歩行姿勢の計測結果
3.1.1 体幹の傾き
体幹の傾きは直立した状態を180度として,試料1が184.28度(直立状態を0度と置き換えると4.28度)と最も前傾の度合いが高く,続いて試料2の182.86度(同様に2.86度),試料3の181.81度(同様に1.81度)の順となった.
また,計測開始後5分間と計測終了前5分間のデータの平均を求めて比較した結果,試料1は終了前5分間で前傾の度合いが一層高まることがわかった.
なお,体幹の傾きの解析結果を図7に示す.
図7 体幹の傾き(平均値)の比較
3.1.2 カバンの傾き
図8にカバンの傾きの比較を示す.
試料1は前項同様に垂直状態を180度とすると166度程度で,身体に対して後方に約14度傾いていることがわかった.一方,試料2と3は若干の数値の違いはあるが,ほぼ垂直を保っているといってよい.
なお,試料2と3の差異は標点マーカの貼り付け位置が異なることに起因するもので,特に試料3はカバンに貼付したマーカ(カバン側面の上部と下部)の位置により,マーカ同士を結ぶ直線がカバンに対して平行ではないために,体幹の傾きよりも前傾するという本来は有り得ない結果となった.
また,体幹の傾きの比較と同様に計測開始後5分間と終了前5分間の平均値を比較すると,試料3は計測時間全体を通じて殆ど違いはないものの,試料1と2では終了前5分間のデータの平均が開始後5分間を僅かながら上回った.
図8 カバンの傾き(平均値)の比較
3.1.3 肩−カバン間距離
カバン自体の動揺の程度を把握するために,肩(肩峰点)とカバン側面上部マーカとの距離,およびそのばらつきの程度を求めた.それによると,図9に示すとおり試料1は約25cmで,試料2と3はほとんど変わらず約20cmであった.
また,ばらつきの程度を示す標準偏差を比較すると,試料1が3.35に対し,試料2と3についてはそれぞれ1.40と1.45と試料1に比べてだいぶ小さい値であった.
図9 肩−カバン間距離の比較
3.2 コンピュータシミュレーションによる腰部モーメントについて
前節3.1の動作解析結果をもとに,機構解析システムを用いて試料1〜3ごとに次の3項目について解析を行った.なお,試料2と3についてはカバンが身体にほぼ密着しているものと仮定してモデリングを行った.
1) 直立状態の腰部モーメント
前節3.1.2(カバンの傾き)の解析結果をもとに,カバンを背負って直立した状態で腰部に掛かるモーメント(重力によるモーメント)を求めた(図10).
2) 釣り合い状態の体幹の前屈角度
前節3.1.2(カバンの傾き)の解析結果をもとに,カバンを背負った状態で釣り合う体幹の角度を求めた(図11).
3) 歩行時の腰部関節モーメント
前節3.1.1(体幹の傾き)と3.1.2(カバンの傾き)の解析結果をもとに,歩行中の腰部モーメントを求めた(図12).
以上の3項目の解析結果を表3にまとめて記す.
直立状態の腰部モーメントは,カバンが後方に倒れてモーメントアーム長が長くなる試料1の方が試料2と3よりも腰部モーメントは大きくなった.なお,この時のカバン自体の重量はどの試料も5kgで一定である.また,試料2と3のモデルの条件は同一である.
腰部モーメントが限りなくゼロに近くなる釣り合い状態の体幹の前屈角度は,カバンの状態により後方に引っ張られる力に抗して,試料1が試料2と3よりも体幹の前屈角度が大きくなった.
前節3.1の動作解析の結果をもとに,リンクモデルの姿勢を試料ごとに定義して歩行中の腰部モーメントを計算した結果,試料1のモーメントの値が最も小さく,続いて試料2,試料3の順となり,前傾の度合いと反比例する結果となった.
(a)試料1 (b)試料2と3
図10 直立状態の腰部モーメント解析
(a)試料1 (b)試料2と3
図11 釣り合い状態の体幹の前屈角度解析
(a)試料1 (b)試料2
(c)試料3
図12 歩行時の腰部モーメント解析
表3 シミュレーション結果
|
試料1 |
試料2 |
試料3 |
1)直立状態の腰部モーメント(Nm) |
12.4 |
10.0 |
10.0 |
2)釣り合い状態の体幹の前屈角度(度) |
6.19 |
4.98 |
4.98 |
3)歩行中の腰部モーメント(Nm) |
3.84 |
4.27 |
6.37 |
(参考)歩行中の体幹前屈角度計測値(度) |
4.28 |
2.86 |
1.81 |
4.考 察
カバン背負い時の姿勢を図13のリンクモデルに当てはめて考察する.
カバンの状態により体幹が後方に引っ張られる力(重力によるモーメント)の大きさ(カバンの重量とモーメントアーム長Lによる)に抗して腰部に関節モーメントが働く.これはコンピュータシミュレーションによる直立状態の腰部モーメントの解析結果からも明らかである.
一方,コンピュータシミュレーションによる釣り合い状態の体幹前屈角度の計算結果から察するとおり,重力によるモーメントに抗して上半身の釣り合いを取るために体幹を前傾させてバランスを維持すると考えると,腰部の筋負担を軽減させる(関節モーメントを小さくする)ために,重力によるモーメントの大きさに応じて前傾の度合いが大きくなるものと思われる.
以上を考慮すると,動作解析の結果からは試料1が最も前傾の度合いθが大きいことから,従来品(試料1)の方が開発品(試料2と3)よりも使用時の腰部の負担が大きいものと推察される.
また,従来品(試料1)は使用時間の経過に伴い体幹の前屈角度が増す傾向が見られることから,身体疲労の度合いが増すと体幹を前傾させて釣り合いを保とうとする反応が現れたと考えると,従来品は開発品に比べて身体の疲労を招きやすいと推察される.
5.まとめ
通学カバンの背負いやすさ(負担の程度)の評価を行うために,動作解析技術とコンピュータシミュレーション技術を応用してカバン背負い時の歩行姿勢の計測と解析を行い,その解析結果から次の結論を得た.
1) カバン背負い時の歩行姿勢を計測した結果,条件(試料1〜3)ごとの体幹とカバン自体の傾き,およびその変動の特徴を定量化することができた.
2) カバン背負い時の歩行姿勢の比較により,開発品は従来品に比べての前屈みの度合いが小さい傾向が見られることから,腰部への負担が少ないものと推察される.
3) 開発品は従来品に比べて使用時間の経過に伴う前屈み度合いの変化が小さくかつ一定していることから,開発品の方が従来品に比べて疲れにくいものと推察される.
4) 試料2と3を比較した場合,肩紐の幅の違いによる明確な有意差は確認できなかった.
参考文献
1) 人間生活工学研究センター:日本人の人体計測データ(1997)
2) 金子公宥:スポーツバイオメカニクス入門(杏林書院,1999)33
3) 臨床歩行分析研究会:関節モーメントによる歩行分析(医歯薬出版,1997)
4) 江原義弘,山本澄子:立ち上がり動作の分析(医歯薬出版,2001)
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